Day63: 茶畑、滝、救世主

丘を埋めつくす緑。私は最初にネパールを訪れて以来、この景色を夢見ていた。
これらの緑はすべて紅茶の葉である。私はネパールイチの紅茶の産地、"イラム"にやってきていた。
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朝の5時半にバスに乗り(どこかから来た夜行バス)、ビルタモードで乗り換え、

10時にイラムのバザールに到着し(うとうとしており、「えっ、着いたの?」というトボけた反応をしてしまった)、

Googleマップを開けば、うわ、ついにネパールの東の東にまで来てしまったと実感し、



朝から何も食べていなかった健康診断の日並みの空腹を、カフェでチヤとパニールパラタとハンバーガー(合計220ルピー=約250円)で満たし、


テキトーに道沿いにあったホテル&ロッジに一泊1000ルピーで入り(こんなに綺麗なアジア式トイレに初めて出会った)、

バザールから北へ10分ほど歩いて、"ラブ・ダラ"と呼ばれる"愛の丘"(?)にたどり着けば、

目の前はどこまでも茶畑なのである。グリーングリーン。目に優しい。砂埃と排気ガスにまみれた街と違って、空気が美味しい。広大な空と茶畑を前にすれば、何の躊躇もなく思いっきり深呼吸ができる。
イラムに行ったことがあるネパリは「イラムは良かった」と口を揃える。ネパリに人気の観光地になっているようである(欧米人観光客もカフェで一人だけ見かけた)。そのためオーバーツアリズムになっているのではないかと私は懸念していたが、TikTokを撮っているネパリはまばらで、景色を遮るものはほとんどなかった。

近くで見ると何の変哲もない、どこにでもその辺に生えていそうである。若干信じられなかったが、これが正真正銘の紅茶の葉なのだろう。木のボリュームが小さくなっていることからわかるように、刈り取りのシーズンは終わっていたようである。ホテルの人に尋ねたところ、また1月2月頃から茶摘み風景が見られるとのこと。
ネパール東端のイラムの緑が、ネパール全体のチヤ文化を支えているのである。
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『地球の歩き方』に従い、セティ・デヴィ寺院に向かうことにした。山道を緩やかに下っていった。時々出会う"村人"に尋ねながら進んだ。

さっきの茶畑の丘から別の山の中腹まで来た。丘は本当に混じりけのない緑である。

徐々に道が急になってきた。踏ん張って歩かないと、足が自転車のペダルのように回転してしまいそうだった。人はほとんど見かけなくなった。犬さえいなかった。

道は狭くなり、両脇から林が迫ってきていた。蛇が出てこないか少し不安になった。探検隊のような気分になってきた。木漏れ日が心地よく感じられた。

やっと寺院に着いた。50分くらいかかった。寺院の中にはガネーシャ像が祀られていた。

下には川が流れていた。"ザーッ"という水音が聞こえてきた。この音はただの川ではない気がする。私は寺院の裏をさらに下っていった。

滝である。滝というほどのスケールではないかもしれないが、上から水が流れ落ちてきているから滝である。水は澄み切っていた。水面で水が跳ねる音も澄み切っていた。その右は洞窟のようである。
私は足を投げ出して、地面の段差に腰かけた。湿った石の冷たさがお尻に伝わってきた。私は位置エネルギーの自然運動を、ただじっと見つめることにした。
耳を済ませてみると、周りの木々の葉はサラサラと擦れ合っていた。名前も知らない鳥が鳴いていた。周囲には誰もいなかった。私は自分が自然に溶け込んでいるように感じた。人間が帰るべき場所に帰ってきたような感覚だった。40分ほど座り続け、やっとのこと私は立ち上がった。
近くには長い吊り橋があった。渡っていくと揺れたので、3分の1ほどで引き返した。

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世の中には下り坂の分だけ上り坂が存在する。行きが下り道ということは、帰りは上り道だった。私は上り道を舐めていた。
持久力と筋力の両方を要する勾配だった。お尻から太ももの裏にかけての筋肉が悲鳴をあげ始めた。心臓のドクドクという音が全身に響き出した。息もゼエゼエとし始めた。高校のシャトルラン以来のしんどさである。シャトルランは好きなタイミングで辞められるが、この帰り道は途中リタイアができない。
オートリキシャー(トゥクトゥク)が走ってきたら乗ってもいいかなと思い始めた。いや、100円でさえも浪費したくないという意固地さも私の中にはあった。
後ろからバイクが走ってきた。横を通り過ぎたかと思ったら、少し前で止まった。ヘルメットを被った男性が何やら私に声をかけてきたが、私は首を左右に振った。勧誘は断るのが私のスタンスである。
また5mくらい進んだら、同じバイクがまた止まっていった。「乗りなよ。どこまで行くの?」
こうして私はバイクの後部席にまたがった。お兄さんはバイクを運転しながら私に話しかけてきた。「僕はキリスト教徒なんだけど、クリスマスは何もしなかったんだ。純粋なキリスト教徒ほど、クリスマスは祝わないんだ」私は「へぇー」とお兄さんの背中に相槌を打った。石が飛び出たでこぼこ道だったので、私は地面に振り落とされないよう気をつけた。お兄さんの話は死後の世界についてまで及んだ。
バザール手前までさしかかり、私は「ここで降ります。ダンネバード(ありがとうございました)」と礼を述べた。本当にダンネバードだった。私の目には彼こそが救世主のように映った。
ネパールは困っている人がいたら、日本より躊躇なく手を差し伸べてくれる。ひょっとするとそれは、日本よりも宗教が生活や考え方に密接に結びついているからなのかもしれない、と思った。
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ホテルに帰って、軽食としてモモを食べた。

夕食もホテルでチキンカナを食べた。随分歩いてお腹が空いていたので、ライスもチキンスープもタルカリもおかわりした(お腹が空いていなくても、おかわりするけどね)。
オーナーのお兄さんが、この日たまたまこのホテルに来られていた。彼は以前日本語を勉強していたのだが、いろいろあって行けなくなったのだと話してくれた。「日本語はもう忘れちゃったよ」と彼は笑って言うが、その割にはひらがなもカタカタも読め、「日本は牛肉を食べますか?」と上手に私に質問をしてくれた。「君が来たおかげで、もう一回日本語を勉強しようと思えたよ」という彼の言葉を聞き、私は素直に嬉しくなった。彼が本当に勉強を続けるのかはわからないが、ここでもまた"偶然"だな、と私は旅の真理を再認識した。
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